アラビアのロレンス旅日記 Dorset: Day 2

アラビアのロレンスを訪ねるため、イギリスのDorsetに行ってきました-Day 2

 

この記事は2日目となります。

 

Anglebury Houseで18日の朝を迎え、ロレンスの命日となりました。夜は恐ろしいほどの雷雨でした。この影響でホテルのWi-Fiが一時的に故障したそうです。

 

朝食がついているので頂きました。メニューを渡されましたが、サラダやハムなどを乗せた食パンなど、種類が豊富でした。この中からいくら選んでもいいそうで…サラダと食パンを頼みましたが私には多すぎました。紅茶はポットサービスです。

 

朝ごはんを食べ終わりこのホテルに別れを告げ、Wareham駅からMoreton方面に行きます。墓とクラウズヒルはMoreton駅、Wool駅と共に同じくらいの遠さです。計画ではどちらかの駅についてからタクシーを利用しようという算段でした。しかし、Trainlineのアプリなどで調べると行けるはずなのに、Wareham駅からこの二つの駅に向かう電車がありません。現在ネット上で確認する限り電車はあるはずなのですが、当時はどういうことか分かりませんでした。はっきりと分からず申し訳ありません。ポンコツです。とにかく、Wareham駅に停めてあるタクシーの運転手のおじさんに声をかけて、「アラビアのロレンスのクラウズヒルまで連れてって!」と頼むと、すぐに車を走らせてくれました。ここで注意なのですが、イギリスはほぼ全てがキャッシュレス決済です。ただ、タクシーを除いて。遠出する際には多めに現金を持っておいてください。(Uberや事前予約制のアプリ(FreeNow等)は電子決済可能)盗難に気を付けて。しかし、この時私が利用したタクシーは珍しくカード利用可能でした。「カードで払う?現金?」と聞かれて現金で払いたいと伝えると、「そっちの方がありがたい」らしいです。

 

道中には、ロレンスが一時期働いていたBovington Campが見えました。Bovington Tank Museumにもロレンス関連の展示物があるかもしれません。現在あるかどうかは不明ですが。戦車に興味がある方はぜひ行ってみてください。Bovington Campの周りを戦車が巡回しており、対向車線を大きな戦車が走るのが見えました。これはエキサイティングな出来事でした。戦車が凹凸のある道を走る訓練も外から見ることができました。運転手さんがロレンスの事故死地点の近くを走ってくれているうちに、クラウズヒルに着きました。

 

the Clouds HillはロレンスがDorsetで晩年腰を落ち着けた場所です。現在, National Trust のサイトで予約が必要です。滞在する時間のロットを選び、入場料を払っておいてください。冬の間は閉まっています。元々冬は日が暮れるのは早すぎて観光をオススメしませんが、もし計画される場合は閉まる期間を問い合わせてください。確認時ホームページには、3月1日まで閉業中とありました。

National TrustのClouds Hillホームページ:

https://www.nationaltrust.org.uk/visit/dorset/clouds-hill

後で墓に行くつもりだけど待つ必要があるからタクシーはいいよと伝えましたが、運転手さんは「20分ぐらいでしょ?ここで待っとくから行ってきな」と言ってくれました。しかし、なぜか滞在時間は一時間ほどかかってしまいました。

 

とても小さいクラウズヒル。目にした瞬間から感動しっぱなしの1時間。

 

先に家の中に入って見学している人達が出てくるのを待ちます。売店があるので、ここでロレンスとクラウズヒルのポストカード全種と、クラウズヒルについて書かれた子冊子を購入しました。予約した時間になると、まず家の前でボランティアのお話を聞きます。ロレンスの生涯とこのクラウズヒルについての簡単な説明なので、特に珍しい話ではありません。この間にも道路では戦車が通り過ぎており、ところどころお話が聞こえづらかったです。ロレンスの事故死には、黒い車が通ったのを見たという証言から、何者かの差し金で事故死に見せかけたのではないかという陰謀論があります。ボランティアがその話に触れると、隣のお客さんのおじさんが2020年に公開された"Lawrence After Arabia"という低予算映画について言及しました。なぜなら、この映画はまさかの陰謀論メインの話だったからです。個人的にもそして他のロレンスファン的にも、この映画は内容が薄くロレンスである意義もないガッカリ映画という感想が一般的でしたが、このお客さんとボランティアの女性の意見もまた一緒でした。その会話に笑いながら、ついに家の中へと入ります。

 

ドアの上に刻まれた'ou phrontis'。

'ou ohrontis'とはギリシャの「ヘロドトス」の一節で、'No worries'という意味らしいです。ボランティアの方は「ロレンスがクラウズヒルの中では心配いらないように願いを込めて彫ったと思うの」とおっしゃっていました。全くその通りだと思います。ただクラウズヒルにも、ロンドンから新聞記者はやってきましたが。

 

以降、検索すれば出てくる写真や情報が多いので書きたいことろだけ書かせていただきます。さて、ou phrontisの文言の下をくぐると、目の前に階段、左にロレンスの書斎、右に風呂場といった具合で、中のつくりも非常に小さいおうちです。当初クラウズヒルの一階はボロボロになっていたので二階を利用していて、後で一階を整理して部屋にしたそうです。書斎は壁全体が本棚で埋まっており、真ん中に皮でできた大きな読書用のベッドがあります(読書用です)。隣には小さい椅子がありました。こんな細い椅子に座っていたなんて信じられない…

 

クラウズヒル一階の椅子。

 

暖炉もありました。二階にもあるのですが、ボランティアの方によるとそれを作るときどうこう…とおっしゃっていて、英語もできない私には難しい話で理解できませんでした。

 

次は一階の風呂場です。クラウズヒルにはキッチンもトイレもないのにお風呂はありました。まあさすがに体を洗うくらいはね。

左側についているものは小さな鏡です。ここで姿を確認したようです。建築系の話にはさっぱりついていけなかったのですが、ロレンスは水路をひいてきたようです。クラウズヒルはロレンスによって魔改造されており、壁にかわった材質が多く使われていますが、この風呂場もそうです。ボランティアに材質を聞いたところ「わからない」そうで。

 

二階担当のボランティアが「ロレンスが生きてた時にはこんなのなかっただろうね!」と冗談を言った「頭上注意」のサインを気を払いつつ階段をあがりました。左手に'The Music Room'、右手に'The Bunk Room'があります。

 

The Bunk Roomはアルミで覆われた壁に、客人用の寝る場所がある狭い部屋です。寝る場所ですが、たんすの上に布団が敷かれている程度の簡易的なものです。客人用にあてがわれた寝床でさえこうなのですから、ロレンスの睡眠に対する態度が伺えます。また、ロレンスがRAFのボートから取ってきた(?)丸い窓がついています。これはロレンスが自分で窓を張り替えたものらしいです。また、テーブルの上にはチーズが置いてありました。あまりものを食べず、何か食べるときは職場で食べていたらしいロレンス。お客さんの「ロレンスはこのチーズをどこで買ってきたの?」という質問に「Sainsbury(スーパー)じゃないっすかねw」とボランティアは答えていました。

 

The Music Roomは大きな暖炉、ソファ、蓄音機、タイプライター、ラクダの鞍がある部屋です。暖炉の上には二つのステンレスの燭台があります。 John. E. Mackの伝記'The Prince of Our Disorder: The Life of T. E. Lawrence'によると、たくさん製造されたロレンス考案のボートの褒賞としてRAF退職後、上司が贈ったものらしいです。上に掛かっている絵画はHenry Scott Tukeによる絵画です。これは有名な話ですが、ロレンスは暖炉の上の出っ張った板に肘を掛けお友達と話していたそうです。ボランティアが実際に肘を掛けて、「ロレンスは背が低いからぴったりだろうね」と話していました。そもそもクラウズヒルは、ロレンスの背に合った小さな家だと思います。

この部屋に置いてあるタイプライターでロレンスはThe Mintの草稿を作ったようです。

 

The Music Roomの暖炉

 

全て見終わったところでクラウズヒルを出て、最後に、クラウズヒルにある家具の説明のパネルなどが貼られてあるバイクの倉庫を見て、この家を後にしました。クラウズヒルの中の空間の全てにロレンスのフィロソフィーが詰まっており、これに心の底から感動しました。ロレンスオタクにとってはディズニーワールドのような場所です。

 

次回はついにお墓編です。